ポーティスヘッド

私がポーティスヘッドの音楽に初めて触れたのは、高校生のころのことです。当時、友人たちとバンドを組んでいて、ギターを弾く友達がある日「これ、聴け」と。その記憶は今でも鮮明で、スピーカー越しに流れてきた最初の数小節で、私は何か別の世界の扉が開いたような感覚を覚えました。

1991年にイングランド西部のブリストルで結成されたポーティスヘッドは、ヴォーカルのベス・ギボンズ、プロデューサーのジェフ・バロウ、ギタリストのエイドリアン・アトリーという三人によって構成されています。彼らが生み出した音楽は、単なるポップやロックの枠には収まらない、独自の美学を持っています。あのとき友人が教えてくれなければ、私の音楽の聴き方はずいぶん違うものになっていたかもしれません。

ポーティスヘッドはしばしば「トリップホップ」と分類されます。確かに、スローテンポのビートとサンプリング、ターンテーブルの使用という点では同じブリストル出身のマッシヴ・アタックやトリッキーと共通する要素があると言えるでしょう。しかし私は、この言葉だけでは彼らの音楽の本質を語り切れないと感じています。

ジェフ・バロウが用いるサンプルの多くは、1960〜70年代のスパイ映画のサウンドトラックやジャズのレコードから採取されたものです。ラロ・シフリンやエンニオ・モリコーネを彷彿とさせるオーケストラの断片が、ヒップホップのドラムループと組み合わさることで、時代の定まらない不思議な空気が生まれます。まるで古いフィルム・ノワールの映像に、現代の孤独を重ね合わせたような感覚です。バンドで音を出していた高校生の私には、こんな音楽の作り方があるのかという純粋な驚きがありました。

音楽的な観点から見たとき、ポーティスヘッドの核心にあるのはベス・ギボンズの歌声です。彼女のヴォーカルは、テクニックという言葉よりも「存在」という言葉で語るほうが適切かもしれません。震えるような繊細さと、底から絞り出されるような強さが共存するその声は、どんな楽器とも異なる表情を持っています。

1994年のデビューアルバム『ダミー』に収められた「グローリー・ボックス」や「ロード」を聴けば、その声がいかに楽曲の感情的な核として機能しているかがよくわかります。美しいとも痛々しいとも言えるその歌声は、聴く者に何か個人的な記憶を呼び起こすような力を持っています。当時ギターを教えてくれた友人も、きっとこの声に何かを感じていたのでしょう。

デビューアルバム『ダミー』は世界的な成功を収め、マーキュリー賞を受賞しました。続く1997年のセカンドアルバム『ポーティスヘッド』も同様の方向性を深化させたものでしたが、2008年に11年ぶりにリリースされた『サード』は、大きな転換点となりました。かっこよすぎます。

『サード』ではサンプリングをほぼ使わず、バンドが生演奏で音を構築しています。クラウトロックやポスト・パンクの影響を感じさせる実験的な音響は、初期作品のサンプルベースの音楽とは一線を画しています。「マシン・ガン」の機械的なビートや「ザ・リップ」の静謐なアコースティックギターは、音楽家としての彼らの誠実さと探求心を示していると言えるでしょう。

作曲という行為に携わる立場から言えば、ポーティスヘッドが達成したことのひとつは、感情の「翻訳」の精度の高さだと思います。悲しみ、孤独、憧れ、諦め——これらは言葉にしようとするとすぐにこぼれ落ちてしまうような感情です。しかし彼らの音楽は、それらをそのままの形で音に変換することに成功しています。

 

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